柔術界に衝撃的なニュースが舞い込んでいます。努力家で知られるミヤオ兄弟のパウロ・ミヤオがドーピング検査で陽性反応が出たことを認めたのです。この機会に柔術界にはびこるステロイドについて掘り下げていきましょう。
パウロ・ミヤオがドーピングを認める
パウロ・ミヤオは自身のインスタグラムで今の気持ちを明かし、ファンに謝罪しています。
「僕をフォローしてくれるみんな、サポートしてくれるみんなに謝りたいです。すでに多くの人が知っている通り、2016年世界選手権の最中にUSADA(米アンチ・ドーピング機構)によって行われたアンチドーピングの検査で僕は失格となりました。全ての責任は自分にあり、言い訳はありません。
まず第一に自分の練習仲間、先生方に対して、第二に世界選手権で戦った対戦相手のみんなに対して同件について申し訳ないと思っています。
僕に対する処罰は2年間になります。みんなに心から謝罪します。”過去に生きることは現在を止め、未来を台無しにする”」
おそらく多くのファンにとってパウロ・ミヤオがステロイドをやっていたことはショッキングな出来事だったのではないでしょうか。
というのもパウロ・ミヤオは身体の線が細く、柔軟性に長け、類稀なテクニックの持ち主ということもあり、とても薬を使って筋肉増強を図るタイプとは思えないからです。
いわゆるステロイドファイターのイメージとはかけ離れているパウロ・ミヤオのドーピング違反はしかし良くも悪くも今一度柔術におけるステロイド使用の是非を考えさせるきっかけになりそうですね。
パウロ・ミヤオが言い訳をせず、公に認めたことで他の選手たちの教訓になればそれに越したことはないでしょう。
実際、どれくらいの柔術家がステロイドをやっているのか?
統計がないので正確な数字を挙げるのは不可能なので、あくまでも僕個人の感覚的な意見として聞いてくれるとありがたいです。
日本の柔術道場でステロイドをやっている人を見かける機会は少ないのに対し、海外の道場で練習すると、大抵どこの道場にも数人はステロイドをやっているであろうという人に出くわします。
なぜ分かるかというと、腕の太さが尋常じゃなかったり、そもそも体型が身長170cm、体重98kgといったようなアンバランスであることが多いから(みんながそうとは限りません)見分けるのはそれほど難しくありません。また、血管が浮き上がっていたり、肌にブツブツがあったりするのも特徴です。
海外滞在中の数回の出稽古でも数人に出くわすのだから実際にはもっといるのかもしれません。ではなぜ日本では少なくて海外だと多いのか。それは彼らの文化や考え方に深い関係がありそうです。
そもそもステロイドは悪なのか?選手たちのモラルは人それぞれ
柔術はもちろん、どのスポーツでも日本は現在のところは海外に比べるとそれほどドーピングが蔓延していないと言えるんじゃないでしょうか。
それは日本人のDNAに組み込まれた武士道や戦う美学と関係がありそうです。日本では正々堂々と戦うことが美徳とされ、結果だけでなく努力やその過程を評価する文化が根付いています。
万が一反則やズルをして結果を出したら、結果オーライで認められるどころかメディアや周囲から恥ずべき行為として袋叩きに合ったりします。
それに比べ欧米では結果が全てといった考えの下で育った人たちが多いのはいうまでもないでしょう。あるいはそもそも柔術を”競技”として考えていない選手たちも少なくないかもしれません。
アマチュアスポーツとはいえ、中には柔術で人生を変えてやろうと野心を抱く人もいます。また、ある人にとっては愛する家族を養うための仕事だったり、貧困から脱出するための唯一の手段だったりします。
実際多くのブラジル人柔術家が祖国を離れてアメリカに移住するのはよりよい生活を求めてのことに違いありません。
自分には柔術しかない。祖国に帰ったら仕事もないし、柔術ではとても食べていけない。試合で負けたらスポンサーが付かなくなって生活ができなくなる。いつまでも現役でいられるわけではないので、できれば稼げるうちに稼いでおきたい。
そんな選手たちが、頼れるのは自分の肉体と実績だけです。もともとルール違反をしてはいけないといった文化の下に育っていないことや、簡単に違法薬物が手に入る環境にいることも無関係ではないでしょう。
パウロ・ミヤオがそんな状況にいたかどうかは分かりませんが、日本人の感覚では想像を絶する環境の中、這い上がってきた選手たちが海外には存在するのです。
それでもステロイドを止めるべき理由
以上に述べたように、なにがなんでも勝てばいい、あるいは勝つしかないといった選手がいることは理解できても、個人的にはステロイドやその他の禁止薬物の使用には僕は反対です。
その理由はだいたい次の通りです。
健康に悪影響を及ぼすから
これに対しては賛否両論あるようですね。臓器に悪影響を及ぼす、湿疹が出る、胸が垂れてくる、などなど様々な副作用が挙げられるでしょう。
一方で最近の禁止薬物は発達しているからそれほど副作用がないといったような意見もちらほら聞きます。もしかするとそれは本当かもしれませんが、これだけは言えます。
万が一、身体にそれほどダメージはなくても、それによって健康になることはない。
以上です。
実力を素直に認めてもらえなくなるから
一度でもステロイドを使ってしまうと、それ以降どんなに自分が相手に勝とうと、「ステロイドを使っているから強いんでしょ」といった目で見られるのはまず避けられないでしょう。
これは負けた方の負け惜しみとも取れなくもないですが、人間というのはそういうものです。対戦相手にそう思われるならまだ戦いのシビアさと理解できます。では自分の生徒や練習仲間からそう思われたらどうでしょうか?
それって結構きついと思いますよ。
ファンが減るから
僕にとってパウロ・ミヤオは尊敬する選手であり、好きな選手です。ドーピング違反をしたからといって、それは今も変わりません。パウロとジョアオの二人の名言を取り上げたのも二人からインスピレーションを受けることがあるからです。
しかし世の中には正義感の強い人や間違ったことを許せない人もいるものです。あるいは、今回のような件を取り上げて何かと批判を繰り返す選手も出てくるでしょう。
強い憧れを抱いている人が不祥事を起こしたときには落胆も大きいはずです。ファンなんて関係ない、自分が良ければいいというのなら問題ないでしょう。
ただ、ファンとは言い換えると、生徒たちだったり、スポンサーだったり、メディアだったりします。仲間だったり、家族だったりします。
不祥事によって大事な人たちを失うのはとてももったいないことです。